ちかごろのこと…        2000-01-09  更新
★2000年、あけましておめでとうございます。
2000年。生まれてこのかた、今日の日付を西暦表示するときは無条件に頭に19がつくものだと思ってずっと生きていましたので、2000というのはやっぱりすごく新鮮です。だって今までは'99とかって使ってきたでしょう。新しい世紀の幕開け前夜の今日このごろ……。

わたし
Y2K、Y2Kと騒がれながら迎えた2000年のお正月ですが、我が家ではお正月を目前にお風呂・給湯システムが壊れてしまい、これをY2K関連とみるか、単なる寿命とみるか、はたまたお風呂の最中に子供達がはしゃいでリモコンにお湯をバシャバシャかけたからとみるか、悩むところでした。いずれにしろお風呂好きの我が家が年末年始ですぐに修理もできないため「お風呂のないお正月を過ごす」というなんとも哀れな2000年の幕開けとなったのでした。
でもそのおかげで家族そろって近所の銭湯に通うはめになり、それはそれで温泉みたいな大きな浴槽で身体が芯から温まる、内風呂ではなかなか味わえない久しぶりの銭湯体験をすることができました。この銭湯というのはわたしが学生時代に通っていたお風呂やさんで、学生時代のおわりの頃にお風呂つきのアパートに暮らすようになるまで、お世話になっていたところなのです。7年前に今の家に住むようになり、お風呂・給湯システムが壊れるというアクシデントに遭遇するまで、しばらく足を踏み入れることのなかったそのお風呂やさんに入るとなんだかタイムマシンに乗って、いや「タイムトンネル」を通って、20数年を一挙に遡って古い時代にやってきたような気持ちになります。でもあの頃は学生やおばちゃん、おばあちゃん、ときには赤ちゃんで混雑し、お湯の音、桶の音、響く声などでにぎやかだったお風呂やさんが、今はいつ行っても(年末年始だからなのかもしれませんが)お客さんは2〜3人という寂しさです。最近の学生さんたちはお風呂付きのところにしか住まないようですので、お風呂やさんに通う若い人なんてとても珍しくなっているのでしょうね。でも他は何から何まであの頃と同じ風景でした。壁の絵も蛇口もプラスチックの桶の色も、脱衣場のロッカーも下駄箱も何もかも…。そして番台に座っているのはその昔には若いお嫁さんだったと覚えている顔の女将さんでした。あの頃はまだ「神田川」のヒットから間のない頃でしたから、お風呂やさんから自転車に乗って一人暮らしのアパートに帰ると、洗い髪が冷たくなっていて、今よりももっとずっと寒かったように記憶しています。この学生時代に通ったお風呂やさんにお正月に家族揃って来るなんてなんだか夢のようで、よく映画の一シーンに出てくるように、はじめゆっくりとそしてだんだん速度を増してお風呂やさんの風景がわたしの回りを回りはじめるような気持ちになってきます。あの頃あってこその今なのだけれど、あの頃のわたしは、今のおかーさんのわたしとは違う、わたしでした。学生時代に通いなれたお風呂やさんに数十年後のお正月に来ることになるとは思ってもいませんでした。いろいろなものが変わる、変わっていく。変わっていないものは……?!家族5人で1100円ちょっとのお風呂代を払って、冬の夜空の星をあおぎながら、まだお風呂やさん通いは続いています。
 そんな年末年始はやっぱりいつものようにお正月映画(「ゴジラ2000」と「ターザン」)を家族揃って見にいき、初詣に行き、おせちを食べて、寝坊して、笛吹いて、ビデオを見てお風呂やさんにいきました。年末にはいつものようにビデオでグリア・ガースン主演の「心の旅路」を見ました。これはもう10年以上も前から年末には見たくなる映画の1つで、初めて見たのはわたしが小学生の時でしたから、もう何十回見たことでしょう。とても好きな映画の1つです。もしかしたらわたしのベストワンかもしれません。


オットさん(父さん)
風邪もひかずに元気でいます。お風呂が壊れたのを我が家で一番残念がっているのはオットさんでしょう。独身時代は銭湯のすぐとなりのアパートに住んでいたこともあるくらいのお風呂好きですので、いつもは朝でも昼でも夜中でもしょっちゅうお風呂に入っています。子供達と一緒にごちゃごちゃと入るのも、ひとりで文庫本を持ってはいるのも好きなおとーちゃんです。
今年はまた新聞小説の挿絵の仕事が入ったみたいで忙しくなりそうです。オットさんは自宅の2階にあるアトリエで仕事をしているのですが、このごろはパソコンを使って絵を描くことも多くなり、1階のリビングの隣の部屋に置いてあるパソコンはわたしも子供達も使っていますので、パソコンの置いてあるデスクへは家族が入れ代わり立ち代わりしています。以前パソコンを使わずに挿絵を描いていたころはアトリエにこもっている時間が今よりも長くてどんな絵を描いているのか、よくわからなかったのですが、今はリビングの隣で作業しているため、家族にはどんな絵を描いているのかが、今の方がよく分かります。


むすこ1(13歳)
冬休みの宿題に「都道府県名を覚える」というのと「百人一首を10以上覚える」というのがあるらしいのですが、この「覚える」というのが大の苦手のむすこ1。もう冬休みも終わるというのに、まだ宿題はできていない様子です。先日わたしが買い物に行ったついでに佐佐木幸綱編著「新百人一首をおぼえよう」-口語訳で味わう和歌の世界-というのを買ってきました。この本を手にとってページをめくると著者が「まず感じてほしい」と書いています。…最初に本文である歌を暗記するぐらい何度も読み、音楽としての楽しさ、不思議さを感じてほしい。意味なんてわからないほうが、純粋に音楽が味わえるでしょう。詩も歌も、まず、音楽なのです。…とあります。本の中にはカラー写真もたくさんあって歌われた場所やゆかりの地を撮影したものが載せてあります。わたしが中学生のときに百人一首を覚えようと買った新書版の解説書よりもずーーっと楽しくて歌の意味も自分のものとして感じられる本でした。もっと早くこの本を買ってきてあげればよかった、とちょっと後悔している母です。きっとむすこ1の気に入るはずと思っているのですが。10以上覚えるというのはなかなか難しいかもしれないけれど、この本を読むのは楽しみだね。わたしにもちょっと貸してちょうだいね。

むすこ2(11歳)
去年はサッカーの試合があったために出られなかった市の少年少女マラソン大会に今年もエントリーしています。予定は今月23日。初出場の3年生の時は惜しくも2位となり悔しい思いをしたのですが、今年はどうでしょう。それほど熱心に練習している様子でもありませんが、まあ今度は「参加することに意義がある」とでも言いそうなむすこ2。近所の中央公園で行われる大会は、小学3年生から6年生までの男女別のレースがあり、いつも寒い中、1500〜2100メートルの距離を走るのですが、校長先生はじめ小学校の先生方も応援にみえます。むすこ1も小学生の時は毎年出場していましたし、毎年、親としては息子たちの走りのドラマを応援しながら見ることになります。運動会よりも走る距離が長いだけ、そして短距離よりも苦しい戦いになるだけ、ランナーのそれぞれの頑張りも感じられて、子供の成長を実感できる場であり、順位やタイムもさることながら、前年とは違う走りっぷりを見るのはとても楽しみでもあります。今年はどんな走りを見せてくれるのでしょうか。久々のむすこ2の走りに期待しています。

むすめ1(4歳2ヶ月)
1ヶ月半に1回くらいの割りでわたしが美容院にヘアカットに行くときに、この2・3回はむすめ1をつれて出かけています。むすめ1のヘアカットはオットさんがはさみでおかっぱに上手に切ってくれるので、おまかせしています。わたしがヘアカットに行くのに「行きた〜い」といってついて来るのです。美容院ではむすめ1にしては珍しく、座ってたいへん大人しくしていて、美容師さんのやっていることをよーく見ているのです。それはときどき我が家でわたしの後ろに回っては髪の毛をブラシやくしでとかしたり、ゴムで結ぼうとしたり、果ては肩をたたいてマッサージしたりというふうに真似するのでよくわかります。上のお兄ちゃんたち、男の子を美容院につれていこうなんて夢にも思いませんでしたが、あのくらい大人しくしていてくれるのなら、買い物ついでに出かける美容院ですので、一緒に行こうかなという気にもなります。指輪やペンダントなどの装飾品も気になるようですし、一概に男女の差というわけではないかもしれませんが、女の子の方が概して「おしゃれ」に興味を示します。
我が家ではお兄ちゃん達に「男のくせに泣くな!」と言ったことはありませんが、むすめ1が毎日のように泣くので、「女のくせに泣くな!」と言っています。泣いて同情を引こうとするのが戦術となっているので、「とにかく泣くのをやめよ」と言うわけです。泣くのを止める、泣かないというのは訓練なのではないでしょうか。たとえばむすめ1の場合は自分の言い分が通らずに泣く、かなしいというよりも同情を引きたいという気持ちから泣くことの方が多いように思われるので、それはおやめなさい ということです。
思春期の頃からわたしが、父と論争したりすると、つい興奮して昂って泣きながら話していたことを思い出します。父は「泣くというのは思考停止だ。」と泣いたら負けというように言っていたので、わたしは負けたくなくて随分と泣かないようにいろいろと工夫しながら話をしようと思っていました。「笑うと負けよ、あっぷっぷ」というのがありますが、「泣いたら負けよ。」というわけですね。女が泣くという行為にはいろいろな意味が込められています。でも泣けない男に比べて女は泣けるから自殺も少ないとも言えるのかもしれません。泣かない子供も可愛くないかもしれないのですが、「泣いて何かを通す」というのは…わたしは好きではない。でもそれは、よくよく考えてみれば自分も使ったことのある、子供ではなくて女の重要な武器なのかもしれませんけど。


1997年10月の近況1997年12月の近況1998年1月の近況1998年3月の近況1998年4月の近況1998年5月の近況1998年7月の近況1998年9月の近況1998年12月の近況1999年2月の近況1999年4月の近況1999年7月の近況 1999年9月の近況 1999年12月の近況